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日本育ちワンジル驚異的五輪新2時間6分32秒…男子マラソン

 ◆北京五輪 男子マラソン(24日・五輪マラソンコース=天安門広場−国家体育場、42・195キロ) 男子マラソンはサムエル・ワンジル(21)=ケニア=が2時間6分32秒で優勝した。3分近く塗り替える驚異的な五輪新記録。仙台育英高に留学した日本育ちのランナーが、ケニアに初の金メダルをもたらした。日本勢は尾方剛(35)が、超高速のトップ争いについていけず2時間13分26秒で13位、佐藤敦之(30)=ともに中国電力=は2時間41分8秒で、完走者中最下位の76位に終わった。84年ロサンゼルス五輪で女子マラソンが実施されて以来、日本勢は初めて男女とも入賞を逃す完敗となった。(天候・曇り、気温24度、湿度52%=スタート時)

 日本育ちのワンジルが五輪の頂点に立った。

スタートからレースを引っ張り、35キロ過ぎにスパート。そのまま独走してトップで競技場に入ると、勝利を確信し左拳を突き上げた。「ゴールした瞬間はすごいいい気持ちでした」流暢(りゅうちょう)な日本語で喜びを表現した。

 長距離王国のケニアにマラソンで初の五輪金メダルをもたらした。「ケニアはたくさんのメダルを取っているけど、このメダルはうれしい。金メダルを取ってケニアの歴史を作れたのはすばらしいこと」レース後の会見では、今度は英語でコメントして、祖国に金メダルをささげた。

 ケニアを離れ、02年に15歳で仙台育英高に留学。「最初は日本語がわからず苦労した」と言うが、マジメに練習を重ねてすぐに頭角を現した。日本で6年を過ごし、3度目のマラソンで五輪の頂点へ。「日本のことは好き。きつくても我慢することを教わった」と“第2の故郷”に感謝した。

 04年からトヨタ自動車九州に所属していたが、合流予定だった7月中旬に突然、弁護士を通じて「退職届」を送りつけた。「駅伝中心の練習スタイルは合わないので、これからは(マラソン中心に)自分でやりたい。駅伝がないところでやりたい」と活動の場を世界に広げることを希望し、すでに退社したと表明。今後も拠点は日本にする意向だ。

 それでも恩師でバルセロナ五輪マラソン銀メダルの森下広一監督(40)には感謝している。「ここまで来たのは森下さんのおかげ。『自分は銀メダルだったから、サムの金メダルが見たい』と言ってくれた。それを考えて走った。早く金メダルを見せたい」

 悲願の金メダルをつかんだ21歳にはさらなる夢がある。「来年のベルリンマラソンで世界記録を出したい。できたら(2時間)3分台」ケニアで芽吹き、日本ではぐくまれた才能が北京で一気に開花した。

 ◆サムエル・ワンジル
◇生まれ 1986年11月10日。ケニア・ニャフルル。母が耕すトウモロコシ畑が家計の支えだった少年時代から標高2000メートル台の高地をはだしで駆け回り、心肺機能が高まった。21歳。
◇経歴 仙台育英高−トヨタ自動車九州
◇陸上 シドニー五輪銀のワイナイナら日本で開花した先輩たちにあこがれ、15歳で仙台育英高に留学。トヨタ自動車九州入り後、初マラソンの07年福岡国際優勝。08年ロンドン2位。ハーフマラソン世界記録保持者。
◇プレゼント 07年のハーフ世界記録樹立の賞金でケニアの母が働く児童施設に寄付。今年2月にも賞金で母にトラクターをプレゼントした。
◇サイズ 163センチ、51キロ。
(引用:ライブドアニュース)

tag : 北京五輪

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