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宮本主将「僕の責任」バラバラのままだった24人…野球

 ◆北京五輪 野球 ▽3位決定戦 米国8−4日本(23日・五カ松球場) こらえていた感情を、抑えきれなくなった。主将の宮本は、グラウンドでの取材を終えて一番最後にベンチに戻った。一塁側の応援団から大声援が起こった。大きく手を振ると、涙があふれてきた。「申し訳ないの一言で済まされるとは思っていない。負けたということがすべて。期待されていたのに」右手で目頭を押さえながら、ベンチ裏に下がった。

 一塁ベースコーチとして、最後の打者・阿部の一ゴロを目の前で見届けた。「大会を通してプロらしい試合を見せられなかった。チームの雰囲気を変えられなかったのは僕の責任」悔しさを胸にしまい、反省の弁を続けた。

結果は出なかったが、五輪前に決めていた「年齢的にも代表はこの大会が最後になると思う」という決断に迷いはなかった。

 アテネ五輪に続き、2大会連続で主将を託された。金メダルが絶対条件の中、チームの勝利のために懸命だった。出場は3試合、4打席にとどまったが、2勝2敗で迎えた17日の練習では、自分の練習はせずに阿部、森野らの打撃投手を買って出た。1次リーグでは、試合中にメモを取ってミーティングの材料を集めた。この日も試合前練習では選手1人ひとりを「いい試合をして勝って帰ろう」と励ました。

 アマ時代の1993年から代表入りし、通算24試合に出場して打率は4割2分(69打数29安打)。プレーはもちろん、その存在自体が日本の支えだった。戦力として、頭脳として、そして精神的柱として踏ん張った日本代表から、宮本は卒業する。
(引用:ライブドアニュース)

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テーマ : オリンピック総合
ジャンル : ニュース

tag : 北京五輪

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