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野口「走りたいけど…」欠場!連覇の夢消えた…女子マラソン

 アテネ五輪女子マラソン金メダリストで、けがのため出場が危ぶまれていた野口みずき(30)=シスメックス=が「左大腿(だいたい)二頭筋の肉離れ及び左半腱(けん)様筋の損傷」(左太もも肉離れ)のため、17日のレースを欠場することが12日、決まった。野口側が日本オリンピック委員会(JOC)に辞退を伝え受理された。日本は土佐礼子(32)=三井住友海上=と中村友梨香(22)=天満屋=の2人が出場するが、3大会連続の金メダルは厳しい状況となった。野口は2012年ロンドン五輪を目指し現役を続行する。

 北京には出ない。苦渋の決断を野口が下した。左脚の回復へ、必死の努力を続けてきたが、この日午前、欠場を決めた。

 この日は早朝にランニングを行い、その後、本番と同じペースで走るスピード練習を行い、出場するかどうかの判断をするはずだった。しかしランニングでも、スピード練習でも左脚の痛みは消えなかった。野口側は午後、陸連に「断念」を伝えた。午後5時すぎ、京都市内の合宿所に姿を見せた藤田信之監督は、集まった報道陣に悔しさをぶつけるように「邪魔されたら見極めができない」と、大きな声を出したが、そのときはすでに辞退を決めていた。

 4日にスイス・サンモリッツでの高地合宿を途中で切り上げ緊急帰国。7月25日の練習後に左でん部に痛みが走った。局所注射や痛み止めなどを使い、様子を見たが、痛みが引かず、国内で精密検査をするためだった。2度の磁気共鳴画像(MRI)検査の結果、左足付け根付近に2か所の肉離れがあることが判明した。軽いジョギングや補強運動は続け、超音波治療など、可能な限り試みたが時間が少なすぎた。

 トップでテープを切ったアテネ五輪のゴールの瞬間の感動を「宝物みたい」と振り返り、もう一度、味わうために、練習を積み重ねてきた。1か月で約1000キロ、アテネ後の4年間で地球1周分以上、練習で走った。2006年、ベルリンマラソンを欠場したときも、けがには打ち勝ち、北京切符をつかむところまではい上がった。しかし今回のけがを、関係者は「さすがに“勤続疲労”が出たのかもしれない」と指摘する。体に負担のかかる高地では、他の選手なら平地より練習量を落とすが、野口は朝、午後の走り込みに加え、筋力強化を欠かさなかった。

 すべては、五輪で勝つため、初の女子マラソン連覇を成し遂げるためだった。だが、待っていたのは、あまりに残酷な運命。戦わずして、野口の北京五輪は終わった。

 ◆大腿二頭筋と半腱様筋 大腿(だいたい)二頭筋は太ももの裏の外側、半腱(けん)様筋は内側の筋肉で「ハムストリング」とも呼ばれ、ランニング中のひざの曲げ伸ばしなどに使われる。筋肉の繊維の断裂などを起こしやすい部位の一つで、再発が多い。脚の付け根付近からつながっているため、付け根に痛みを感じることもある。特別な治療法はなく、自然治癒によって日常生活に支障がない程度まで回復するのに3週間程度かかる。

 ◆野口 みずき(のぐち・みずき)1978年7月3日、静岡生まれ。30歳。04年アテネ五輪で高橋尚子に続く日本勢2大会連続となる金メダルを獲得。初マラソンで制した02年名古屋国際を含め、マラソンは6戦5勝。05年ベルリンで世界歴代3位に相当する2時間19分12秒の日本記録をマーク。三重・宇治山田商高からワコール、グローバリーを経て05年12月からシスメックス所属。150センチ、40キロ。
(引用:livedoorスポーツ)

テーマ : スポーツ
ジャンル : ニュース

tag : 野口みずき

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