スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

19歳美里「悔しい」銅…平成生まれメダル1号

 ◆北京五輪 柔道女子52キロ級3位決定戦 ○中村美里(合わせ技1分13秒)金京玉 ●(10日・北京科技大体育館) 女子52キロ級で、中村美里(19)=三井住友海上=が日本の平成生まれでは初の表彰台に立ち、銅メダルを獲得した。準決勝で世界3位のアン・グムエ(北朝鮮)に指導の差で敗れたものの、3位決定戦で金京玉(韓国)に合わせ技で一本勝ち。五輪初出場のヒロインは、日本柔道界では92年バルセロナ五輪銀メダルの谷(当時・田村)亮子以来16年ぶりの10代メダリストに輝いた。

 それまでの硬さがとれ、中村は吹っ切れたように前へ出た。3位決定戦の開始50秒。得意の小外刈りで技ありを奪い、そのまま上四方固めで抑え込んだ。

日本の今大会2つ目のメダル。それでも「やっぱり金メダルを狙っていたので悔しい。金以外は同じです」と、涙で目を赤くはらした。

 本人は不満をあらわにしたが、体重2570グラムで生まれた女の子は、でっかいことをやってのけた。今大会で初めて五輪の舞台に立った日本の平成生まれ代表で、初の表彰台に立った。

 まさにすい星のごとく現れた。「テレビで応援していた」というアテネ五輪から1年後の05年。16歳の高校1年生で出場した講道館杯48キロ級を制した。続く福岡国際女子でも当時世界王者のベルモイ(キューバ)を下し、谷亮子以来となる10代での優勝。「ヤワラ2世」として一躍注目され、クラスメートの男子からは「さん」付けで呼ばれるようになった。

 しかし、その後は結果が出なかった。偉大な先輩と比較される重圧。成長期の体も悲鳴を上げた。06年までの1年間で身長は2センチ伸び、体重も4キロ近くアップ。体脂肪率8%で厚着をしても汗が出ず、厳しい減量苦に悩まされた。ストレス解消で料理をするようになっても、自分は食べずに家族に振る舞った。父・一夫さん(45)が「(食事制限で)腎臓を痛めるから水を飲め」と言っても「おちょこ1杯でいい」と答えた。

 「48キロ級から逃げるのはイヤ」と1か月間は断り続けたが、当時所属していた東京・渋谷教育渋谷高の古矢彰浩監督の勧めで18歳になった昨秋、52キロ級へ転向。対戦経験がなかった谷を倒す目標を「谷と一緒に五輪に出る」ことに変えた。それからわずか半年で五輪代表の座をつかんだ。頭を占めているのはアン・グムエに負けた準決勝。「(次の五輪に向け)金メダルを目指して頑張りたい」。帯に刺しゅうで「根性」の文字を入れていた負けず嫌い。カメラマンに促された表彰台で、やっとぎこちない笑顔を見せた。

 ◆中村 美里(なかむら・みさと)1989年4月28日、東京・八王子市生まれ。19歳。小3で柔道をはじめ相原中から渋谷教育渋谷高を経て今春から三井住友海上に入社。05年の講道館杯、福岡国際48キロ級を16歳で制した。07年11月から52キロ級へ変更し講道館杯、嘉納杯東京国際で優勝。得意技は小外刈り。158センチ、52キロ。血液型はAB。家族は祖父母、両親と兄。
(引用:livedoorスポーツ)

よく頑張った!!

テーマ : スポーツニュース
ジャンル : ニュース

tag : 北京五輪 柔道女子 中村美里

ソーシャルブックマーカー
イザ!ブックマーク FC2ブックマーク

Powered by SEO対策
カテゴリー
最近の出来事
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。