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清原友情の38球仕上げ「桑田の魂もらった」…オリックス

 数々のドラマを演じてきたKKコンビが手を取り合い、夢対決が再現した。オリックス・清原和博内野手(40)が29日、スカイマークで、PL学園、巨人で同じユニホームを着た盟友の桑田真澄さん(40)=スポーツ報知評論家=とフリー打撃で対戦。8月3日の1軍復帰へ向け、魂の38球に後押しされた。引退後も親友のために練習を重ねてきた桑田さんにとっても、野球人生の大きなピリオドとなった。

  ヘルメットが脱げ落ちるほど、清原のバットは勢いよく空を切った。桑田さんこん身のラストボールに「うおー」と叫び、白い歯がこぼれた。

西武時代の94年日本シリーズ第5戦で西武球場のバックスクリーンへたたき込んだのと同じ高め直球。「恐怖感や不安いっぱいで、桑田にポンと背中を押してもらった」カクテル光線に照らされたKKコンビががっちりと握手し、笑顔で抱き合った。

 全力でぶつかった38球だ。2人の間には、ケージもネットもなかった。パイレーツのユニホームで桑田さんがマウンドに立つと、06年9月以来、1年10か月ぶりにオリックスの戦闘服を着た清原が打席へ。直球を右翼席へ運べば、背番号18も直球で4つの空振りを奪った。日本シリーズ、球宴では通算20打数8安打、4本塁打の対戦も、この日は互角だった。

 アクシデントは26球目に待っていた。打球が桑田さんの左足首内側を直撃。患部を冷やすと、休むことなくさらに12球を投げ込んだ。「会心の当たり。投げ続けたのが不思議だし、心配」と思いを熱くした清原。「お土産をもらいましたね」患部は腫れ、湿布を施すほどだったが、桑田さんはさわやかに笑った。

 ちょうど1年前の7月30日、プロスポーツ選手では前例のない左ひざの骨軟骨移植手術後、清原はリハビリを開始。小さな一歩を踏み出したこの日は大切な節目だった。復活の儀式も決めていた。3月28日、桑田さんから引退報告を受けると、1軍復帰直前の打撃投手を頼み、快諾された。

 桑田さんも心で応えた。この日のために、オーナーを務める「麻生ジャイアンツ」などで週5日の練習を続けてきた。「アマのボールは投げたくなかった。しんどいときもあったけど、彼の顔を浮かべてね。でも、きょうでプロの球は投げなくていいんです」とうなずくと「彼らしいホームランを最後に1本見たい」とエールを送った。

 並んで会見を終えると、最後に「頑張ってね」と左手で盟友の背中をそっと押した桑田さん。31日に1軍に合流し、8月3日のソフトバンク戦(京セラD)で復帰する背番号5は「生涯最高の練習をやってもらった。桑田の魂を胸に頑張っていきたい」と心を新たにした。出会って26年目、お互いにこの日は忘れない。戦いの場へ清原を送り出し、桑田さんは本当の意味で野球人生にピリオドを打った。

 ◆過去のKK対決 初対決は87年4月5日のオープン戦。桑田が直球で清原から三振を奪った。同年のオールスターでは清原が桑田から本塁打を放ち、リベンジした。オールスターでは桑田が8打数1安打に封じているが、日本シリーズでは清原が94年の第5戦で2打席連続アーチするなど合計12打数7安打3本塁打と打ち込んでいる。
(引用:ライブドアニュース)

tag : オリックス 清原和博 桑田真澄

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